青空は旅ごころ 02*亀

通称「亀ちゃん」という6歳の小さな友だちがいる。はじめて彼を知ったのは、まだお母さんのお腹のなかにいるころだった。いわば別世界にいたわけだけれど、男の子だということはわかっていた。もともとの知り合いはその父親のほう。お墓参りに行って墓石を見たときにだったか、居酒屋での話だったので、そのあたりの記憶は曖昧だが、曽祖父は「亀」という字のつく名前だったことを発見したと言い、息子の名前には「亀」の字を入れたいと力説する。

それを聞いていて、亀にちなむふたつのことを思い出した。ひとつはいまはすでに成人してばりばり働いている女の子がまだ小学校に入る前のころに亀にあこがれていたこと。亀っていいなあ、と彼女が嘆息する。亀のどこがそんなにいいのか、訊くのがはばかられるほどにうっとりとして言うので、亀がゆっくりしているというような単純なことでないのはわかったし、それによく見ると、亀の動作はぜんぜんゆっくりなんかしていない。真相はわからないままだ。ふたつめは詩人の尾形亀之助のこと。ねえねえ、亀之助っていう名前のへんてこな詩人がいるよ、おもしろいのよ、と「亀」のつく名前の後押しをした。

尾形亀之助(1900-1942)がどれほどへんてこか、彼の詩を愛する少数の人たちが必ずといっていいほど引用する『色ガラスの街』に収められているこの詩を見ればわかる。ひとたびこの字面を見てしまい、読んでしまうと忘れがたく、そのときから尾形亀之助という名前はことばに対してのアンテナあるいは触覚として作用するようになった。

ある来訪者への接待

どてどてとてたてててたてた
たてとて
てれてれたとことこと
ららんぴぴぴぴ ぴ
とつてんととのぷ

んんんん ん

てつれとぽんととぽれ

みみみ
ららら
らからからから
ごんとろとろろ
ぺろぺんとたるるて

詩人は宮城県大河原町の金持の家に生まれ、定職を持つことなく実家からの仕送りで生活をするが、結婚と離婚を繰り返し、晩年には実家が没落して貧困と病に苦しんだ。餓死自殺願望を持ち、行き倒れて死ぬが、それは自殺だったという説もあるらしい。このようにまとめてしまうとすごい生涯だが、当人にとっては自分らしく生きた42年の日々なのだ。と、詩から感じられる。ような気がする。。。

2005年、正津勉『脱力の人』(河出書房新社/2005)という本を書店の棚に見つけて、思わず買った。もちろんタイトルそのものに惹かれたのだ。尾形亀之助も取り上げられていて、詩人の生涯をはじめてこの本で詳しく知った。導いてくれた正津勉という人もなんだかへんてこであることに疑いはない。2007年には『小説尾形亀之助 窮死詩人伝』(河出書房新社)も書いている。

そしてことし、またもタイトルに惹かれて買った辻まことアンソロジー『遊ぼうよ』(未知谷/2011)のなかにも発見したのだ、尾形亀之助の名を。辻まこと(1913-1975)は十代の終わりのある日、父親であるダダイスト辻潤の本棚にあった『障子のある家』を何気なく取り出して読んだ。40ページに満たない小さなこの本は限定70部非売のうちのNo.7。詩人から直接辻潤に贈られたものらしい。そしてそのときからこの詩集は辻まことから離れない。戦争にもともに行った。戦後のある日、銀座のバーで偶然草野心平に会ったときにもその詩集は辻まことのポケットに入っていた。草野心平は尾形亀之助の『障子のある家』を復刻したいと思っているが本をさがすのがむつかしいと言う。

--それならばボクがもっています
--なに? 本当か、どこにある
--いまもってますよ
--いまってここにか
私は「そうです」とポケットからだしてカウンターの上に置いた。心平さんは実に妙な顔付きでこれを眺めた。信じられないといった面持ちの一瞬だった。/実際これが(タッタ七十部配られた本が)二十年をへだてて再生できた機会だったのだ。このめぐり合わせのために私はこの本を持ち歩いていたような気持になった。/こうして再生した本が何部刷られ、どれほどの読者を得たかは知る由もないが、生命は持続された。
(辻まこと「尾形亀之助 特に「障子のある家」について)

こうしためぐり合わせによって持続された生命のバトンを青空文庫が受けとった。ということは、きっと青空文庫の側にもこうした物語はひそんでいるだろうと思う。辻まことは次のようにも書いている。「私はしばしばおもったものだ「尾形亀之助は私一人のために存在した詩人ではないだろうか」と。またしばしばおもったものだ「私のような読者が確かにいることは尾形亀之助にとって名誉なことでないか」と。」さらに『障子のある家』の巻末にある「滑稽無声映画「形のない国」概要」を映画の脚本のように少し編集し、自作の画をつけた。これも『遊ぼうよ』に収録されている。1930年に書かれたテキストも1969年に書かれた画つきの映画仕立ても古びていない。

読者は少なくてもいい。少数派というのはそれぞれの逃れられない事情であまねく存在しているのだから。多数派はいつも目立つけれど、わかりやすすぎておもしろさに欠けると思う。へんてこな詩人がたくさんいるほうがいいじゃないか。などと思ってもう一度『脱力の人』を開いてみると、そこにはちゃんと辻まことの章もあり、尾形亀之助との関係も書いてあるのだった。読んではいても読めていなかったのね。私にはよくあることです。

通称「亀ちゃん」は無事にこの世に来てくれて、凛々しい本名がついた。「亀」はいじめられそうだからアウト、というお母さんの意見が勝ったのだ。ほんの数人が「亀ちゃん」と呼んでいることを彼は知らない。親たちの都合で、会うのはいつも子供連れのお客を歓迎してくれる決まった居酒屋だ。彼の目の前にはフライドポテトとたこウインナの特製盛り合わせが来ることになっている。満足そうに食べ終えて、まわりのおとなを相手に機嫌よく遊んでいるところは「亀ちゃん」という名前がよく似合う。いつまでこうしておとなにつきあってくれるのだろうか。ふたつの名前を持つことはめずらしいことではない。私の父方のおばたちはみな戸籍上の名前のほかに通称を持っていた。サチヨおばさんの本名は節子であり、マキヨおばさんの本名は泰子である。口で呼んだり話したりするときは通称で、手紙など字で書くときには本名を使っていたが、子供たちも混乱することはなかった。そんなことを彼と話すときが来るかしら。

「亀ちゃん」の父親は以来尾形亀之助の詩に興味を持ち続けているようだ。作曲家でもある彼には、亀之助の詩を使ったマドリガルの作品がある。キーワードに「尾形亀之助」「マドリガル」と入れて検索するとひっかかるかもしれません。

そして私はツイッターでは亀之助ボットをフォローしている。こちらの事情とは何の関係もなく、タイムラインにときどきあらわれるわけのわからない短い詩句を見ると、時間が止まったり、流れが変わったりするのを感じて、なんとなく安心する。脱力の人と遊ぶひとときがあってこその人生だ。

*青空文庫で読めるもの

尾形亀之助の作品リスト
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person874.html#sakuhin_list_1

「色ガラスの街」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000874/files/3213.html

「障子のある家」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000874/files/3397_31175.html

辻潤の作品リスト
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person159.html
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八巻美恵(やまき・みえ)
『水牛』運営「青空文庫」発起人。
手製本も手がける。季刊『健康』(アグレプランニング)でエッセイ「引き算レシピ」を連載中。
http://suigyu.exblog.jp/